ローマ
ローマはイタリアの首都。ラツィオ州の州都、ローマ県の県庁所在地です。
ローマの画像
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| ローマ Roma |
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|---|---|---|---|---|---|
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| 愛称 : 永遠の都 | |||||
| 標語 : "Senātus Populus que Rōmānus (SPQR) (ラテン語)" | |||||
| 位置 | |||||
ローマ市の位置 |
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ローマ市の地図(Rioni di Roma) |
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| 座標 : 北緯41度54分 東経12度30分 / 北緯41.9度 東経12.5度 | |||||
| 歴史 | |||||
| 設立 | 紀元前753年4月21日 (伝説) | ||||
| 市長 | ジャンニ・アレマンノ(イタリア語) (副市長:マウロ・クトルフォ(イタリア語)) |
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| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 市域 | 1,285km2 | ||||
| 標高 | +20m | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2008年12月31日現在) | ||||
| 市域 | 2,724,347人 | ||||
| 人口密度 | 2,119.6人/km2(5,491.5人/mi2) | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | CET (UTC+1) | ||||
| 夏時間 | CEST (UTC+2) | ||||
| CAP(郵便番号) | 00100(一般的)、00121~00199 | ||||
| 市外局番 | 06 | ||||
| 守護聖人 : 聖ピエトロと聖パオロ | |||||
| 公式ウェブサイト : comune.roma.it | |||||
| ローマ (Roma) |
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| 国 | |||||
| 州 | |||||
| 県 | ローマ | ||||
| 測地系 | 北緯41度53分35秒 東経12度28分60秒 | ||||
| 標高 | 海抜 20 m | ||||
| 面積 | 1,285.30 km² | ||||
| 人口 | 2,724,347 2008年12月31日 | ||||
| 人口密度 | 2,119.62 人/km² | ||||
| 分離集落 | Ostia, Ostia antica, Acilia, Vitinia, Infernetto, Trigoria, Piana del sole, Casal palocco, castel di leva, Villaggio prenestino, Castelverde, Corcolle, La storta-olgiata, Massimina, valle santa. | ||||
| 隣接コムーネ | アルバーノ・ラツィアーレ、 アングイッラーラ・サバーツィア、 アルデーア、 カンパニャーノ・ディ・ローマ、 カステル・ガンドルフォ、 カステル・サン・ピエトロ・ロマーノ、 チャンピーノ、 チッタ・デル・ヴァティカーノ (SCV)、コロンナ、 フィウミチーノ、 フォンテ・ヌオーヴァ、 フォルメッロ、 フラスカーティ、 ガッリカーノ・ネル・ラーツィオ、 グロッタフェッラータ、 グイドーニア・モンテチェーリオ、 マリーノ、 メンターナ、 モンテ・ポルツィオ・カトーネ、 モンテ・コンパトリ、 モンテロトンド、 パレストリーナ、 ポーリ、 ポメーツィア、 リアーノ、 サクロファーノ、 サン・グレゴーリオ・ダ・サッソラ、 ティーヴォリ、 トレヴィニャーノ・ロマーノ、 ザガローロ | ||||
| CAP(郵便番号) | 00118~00199 | ||||
| 市外局番 | 06 | ||||
| ISTATコード | 058091 | ||||
| IDコード | H501 | ||||
| 住民の呼称 | Romani | ||||
| 守護聖人 | 聖ピエトロ(San Pietro)と聖パオロ(Paolo) | ||||
| 祝祭日 | 6月29日 | ||||
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| 公式サイト | |||||
ローマ市(Comune di Roma、羅馬市)は、イタリアの首都。欧州有数の世界都市であり、ラツィオ州の州都、ローマ県のコムーネの一つで、ローマ県の県都でもある。
目次
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概要
当市に囲まれるようにローマ教皇の居住するバチカン市国があり、そこは全世界のカトリック徒にとっての中心地で、現在は外国であるが歴史・宗教・文化的にはローマ市地域と密接な関わりがある。そして昔のローマの大国さを用いた「ローマは一日にして成らず」という諺もある。
2007年現在の人口は約270万人で、イタリアで最も人口が多い都市である。かつてのローマ帝国の首都であったため西洋文明圏を代表する都市のひとつであり、カトリック教会の中枢であり、そしてまたその美しさから『永遠の都』と称される。
2010年、アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーにより、世界第28位のグローバル都市に選ばれている[1]。
紋章
ローマ市の盾形の紋章に書かれている「SPQR」の文字は、ラテン語で "Senatus Populusque Romanus" (「元老院とローマの市民」)の略称で、ローマ帝国時代には、領域内のあらゆる地域で公共物に刻まれた。
今でも、ローマ市内に残るローマ帝国時代の遺跡や当時の建造物の他、現在のローマ市の盾形の紋章に使用されていることから、ローマ市内を走るバスやタクシー、マンホールの蓋にも紋章が入れられている。
地理
ティレニア海にそそぐテヴェレ川河口から25kmほどさかのぼった位置にあるイタリアの首都で、ラツィオ州の州都でありローマ県の県都。伝説によれば、ローマは紀元前753年、テヴェレ川東岸の「ローマの七丘」のひとつ、パラティーノの丘に建設されたという。七丘とは、パラティーノ、アヴェンティーノ、カピトリーノ、クイリナーレ、ヴィミナーレ、エスクイリーノ、チェリオの丘をさしていた。しかし考古学的には、紀元前1000年にはすでに人が定住していたことが証明されている。歴史的に由緒のある地区は意外に狭く、そのほとんどがテヴェレ川東岸にある。ローマの過去の栄光をしめす記念建造物の大部分はこの地区にある。
歴史
- 主要記事:Storia di Roma(伊語) History of Rome (英語)
起源
伝説によれば、ローマは紀元前753年4月21日にギリシャ神話の英雄アイネイアスの子孫である、双子のロムルスとレムスにより建てられた。ロムルスはレムスとローマを築く場所について争い、レムスを殺した。その後、ロムルスは7代続く王政ローマの初代の王となり、またローマの市名の元となったとされる。 考古学的には、この地に人々が居住したのはもっとはやく、ローマの起源は紀元前8世紀もしくは9世紀ごろ、北方からイタリア半島に移動してきた民族がテヴェレ川河畔に定住したことにさかのぼると考えられているが、恒常的に人が住むようになったのはこの頃らしい。紀元前8世紀にはじまる鉄器時代の遺跡はパラティーノの丘で発見された。[2]
ローマ帝国
都市国家ローマから王政ローマを経て、共和政ローマ・ローマ帝国の首都となり、皇帝アウグストゥスの時代には100万人が居住する世界最大の都市となった。皇帝ディオクレティアヌスがニコメディアに遷都するまで、世界帝国の中心として君臨し続けた。
395年にローマ帝国が東西に分かれた後は、西ローマ帝国に属したが、西ローマ帝国は首都をラヴェンナに置いたためその政治的重要性は大きく低下した。5世紀には西ゴート人やヴァンダル人の掠奪を受けて衰微し、西ローマ帝国も476年に滅亡した。その後は西ローマを滅ぼしたオドアケル、次いで東ゴート王国の支配下に入った。
6世紀中頃、東ゴートは東ローマ帝国に滅ぼされ、ローマは再びローマ領となった。だが、度重なる戦争で荒廃し、歴代の東ローマ皇帝はローマ維持には努めたものの、重要視はしなかった。ローマを訪れた最後の“ローマ皇帝”は663年のコンスタンス2世であるが、この人物以外にローマを訪れた東ローマ皇帝はいない。この時期のローマは、宗教的にはともかく、政治的、軍事的にはラヴェンナ総督府の影響下にあった。
しかし、751年にランゴバルド族の攻撃によりラヴェンナが陥落。ローマも脅かされることになる。ローマ教皇ステファヌス3世は、教義問題で対立する東ローマ皇帝コンスタンティノス5世ではなく、フランク族のピピン3世に救援を求め、結果、東ローマ帝国から独立を果たす。
文化の中心地
この後は『シャルルマーニュの寄進状』によれば800年にカールによりローマ教皇に寄進されたとされるが、この文書は今日では偽書とする見解が優勢である。15世紀半ば以降、ローマ教皇領の首都として栄え、ローマはルネサンス文化の中心地となった。教皇ニコラウス5世の時代には、城壁の改修、宮殿の建設、教会の修復工事がおこなわれた。おもな芸術家や建築家はローマで活動するようになり、15世紀末にはローマはフィレンツェにかわってルネサンスの一大中心地となり、ミケランジェロ、ブラマンテ、ラファエロなどの芸術家が教皇のために仕事をした。しかし1527年、ハプスブルク家の傭兵軍による、いわゆる「ローマ劫掠」によって、この都の盛期ルネサンスは終わりをつげた。なお、家屋が雑然と密集した中世の都市形態が近代化されはじめたのは、16世紀末の教皇シクストゥス5世の時代で、ポポロ広場から市の中心部にむかって3本の道路を開き、広場や泉をつくり、フェリーチェ水道を修復した。サン・ピエトロ大聖堂の丸屋根が完成したのもこの時代である。 対抗改革期のローマを特徴づけるバロック様式は、17世紀の建築物に多くみられる。ベルニーニやボロミーニのような彫刻家と建築家が、この時代にローマの外観をかえていった。18世紀のローマは、教皇の支配のもとで比較的穏やかな時代をむかえていた。スペイン階段などにみられる18世紀前半のロココ様式の建物は、やがて新古典主義の建物にかわった。1797年ナポレオン1世はローマを占領し、多数の貴重な美術品を持ち去ったが、ウィーン会議の後、ローマはふたたび教皇領となった。
統一イタリアの首都
ウィーン会議後のオーストリア帝国によるイタリア支配は独立達成にむけてイタリア人を奮起させたが、援軍とあおいだナポレオン3世によるイタリア占領はイタリア人の反発をまねき、1861年、イタリアの大部分はサヴォイア家のもとで統一をはたした(リソルジメント)。教皇の本拠地だったローマは1870年、フランス軍の撤退後、1871年にイタリア王国にローマ教皇領が併合されイタリアが統一され、ローマはフィレンツェに代わって統一イタリアの首都となった。
その後1930年代にはファシスト党の独裁者、ベニート・ムッソリーニがローマ郊外にローマ万国博覧会のための新都市、EUR(エウル)を建設したが、ムッソリーニ主導による第二次世界大戦へのイタリアの枢軸国としての参戦によりEURの拡大は一時的に中止となった。
現在
第二次世界大戦後には、航空機の発達により、日本をはじめとするアジアやアメリカなどのヨーロッパ圏外からも多数の観光客が訪れるようになった。1970年代初めにミラノへ移るまではイタリアにおいてファッションの中心地であった。現在はパリやマドリードなどと並び、ヨーロッパを代表する観光都市として親しまれている。また、イタリアの首都で政治や経済、文化の中心地的存在であるとともにカトリック教会の中枢でもあるほか、市内には国際機関や多国籍企業の本拠があり、イタリアを代表する大企業の本社や官公庁が立ち並ぶ世界的に重要な都市となっている。
行政
ローマはイタリア全土にあるコムーネのうちの一つで、都市規模・人口ともに最大である。市長および市議会がコムーネを管理しており、ローマにおける歴史的な政庁所在地であるカンピドリオに市庁舎は設置されている。また市庁舎の置かれる地名から、ローマ市政は「カンピドリオ」と通例呼ばれる。
行政区分では19のムニチーピオという地域に区分される。この区分は中心部への集中を分散化することを目的として創設され、各ムニチーピオは区長、および5年おきに選挙で選出される4人の議員が運営する。この行政区分は、伝統的な非行政区域の境界線を越えることがある。この歴史的な区分、リオーニは22の区域に分割され、一部を除いてアウレリアヌス城壁内の地域をさす。またローマは郊外区域、および52の農業区域を公式に指定しているが、後者は開発の対象となりやすいのが実情である。
「ムニチーピオ(イタリア語)」も参照
- ローマのリオーネ
リオーネは、以下の22に分けられる。
「ローマのリオーネ(Rioni di Roma)」も参照
- R.I(1)モンティ(Monti)
- R.II(2)トレヴィ (Trevi)
- R.III(3)コロンナ (Colonna)
- R.IV(4)カンポ・マルツィオ (Campo Marzio)
- R.V(5)ポンテ (Ponte)
- R.VI(6)パリオネ (Parione)
- R.VII(7)レーゴラ (Regola)
- R.VIII(8)サンテウスタキオ (Sant'Eustachio)
- R.IX(9)ピニャ (Pigna)
- R.X(10)カンピテッリ (Campitelli)
- R.XI(11)サンタンジェロ (Sant'Angelo)
- R.XII(12)リパ (Ripa)
- R.XIII(13)トラステヴェレ (Trastevere)
- R.XIV(14)ボルゴ (Borgo)
- R.XV(15)エスクイリーノ(ローマのリオーネ) (Esquilino)
- R.XVI(16)ルドヴィージ (Ludovisi)
- R.XVII(17)サッルスティアーノ (Sallustiano)
- R.XVIII(18)カストロ・プレトーリオ (Castro Pretorio)
- R.XIX(19)チェリオ (Celio)
- R.XX(20)テスタッチョ (Testaccio)
- R.XXI(21)サン・サバ (San Saba)
- R.XXII(22)プラティ (Prati)
- ローマのクアルティエーレ
クアルティエーレは、以下の35に分けられる。
「ローマのクアルティエーレ」も参照
- Q.I(1)フラミーニオ (Flaminio)
- Q.II(2)パリオーリ (Parioli)
- Q.III(3)ピンチャーノ (Pinciano)
- Q.IV(4)サラーリオ (Salario)
- Q.V(5)ノメンターノ (Nomentano)
- Q.VI(6)ティブルティーノ (Tiburtino)
- Q.VII(7)プレネスティーノ=ラビカーノ (Prenestino-Labicano)
- Q.VIII(8)トゥスコラーノ (Tuscolano)
- Q.IX(9)アッピオ・ラティーノ (Appio Latino)
- Q.X(10)オスティエンセ (Ostiense)
- Q.XI(11)ポルトゥエンセ (Portuense)
- Q.XII(12)ジャニコレンセ (Gianicolense)
- Q.XIII(13)アウレーリオ (Aurelio)
- Q.XIV(14)トリオンファーレ (TrionfaleTrionfale)
- Q.XV(15)デッラ・ヴィットーリア (Della Vittoria)
- Q.XVI(16)モンテ・サクロ (Monte Sacro)
- Q.XVII(17)トリエステ (Trieste)
- Q.XVIII(18)トール・ディ・クイント (Tor di Quinto)
- Q.XIX(19)プレネスティーノ=チェントチェッレ (Prenestino-Centocelle)
- Q.XX(20)アルデアティーノ (Ardeatino)
- Q.XXI(21)ピエトララータ(Pietralata)
- Q.XXII(22)コッラティーノ (Collatino)
- Q.XIII(23)アレッサンドリーノ (Alessandrino)
- Q.XXIV(24)ドン・ボスコ (Don Bosco)
- Q.XXV(25)アッピオ・クラウディオ (Appio Claudio)
- Q.XXVI(26)アッピオ・ピニャテッリ (Appio Pignatelli)
- Q.XXVII(27)プリマヴァッレ (Primavalle)
- Q.XXVIII(28)モンテ・サクロ・アルト (Monte Sacro Alto)
- Q.XXIX(29)ポンテ・マンモロ (Ponte Mammolo)
- Q.XXX(30)サン・バジーリオ (San Basilio)
- Q.XXXI(31)ジュリアーノ・ダルマータ (Giuliano Dalmata)
- Q.XXXII(32)エウローパ (Europa)
- Q.XXXIII(33)リード・ディ・オスティア・ポネンテ (Lido di Ostia Ponente)
- Q.XXXIV(34)リード・ディ・オスティア・レヴァンテ(Lido di Ostia Levante)
- Q.XXXV(35)リード・ディ・カステル・フザーノ (Lido di Ostia Levante)
気候
| ローマの気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 11.8 (53.2) |
13.0 (55.4) |
15.2 (59.4) |
18.1 (64.6) |
22.9 (73.2) |
27.0 (80.6) |
30.4 (86.7) |
30.3 (86.5) |
26.8 (80.2) |
21.8 (71.2) |
16.3 (61.3) |
12.6 (54.7) |
20.52 (68.93) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 2.7 (36.9) |
3.5 (38.3) |
5.0 (41) |
7.5 (45.5) |
11.1 (52) |
14.7 (58.5) |
17.4 (63.3) |
17.5 (63.5) |
14.8 (58.6) |
10.8 (51.4) |
6.8 (44.2) |
3.9 (39) |
9.64 (49.36) |
| 降水量 mm (inches) | 102.6 (4.039) |
98.5 (3.878) |
67.5 (2.657) |
65.4 (2.575) |
48.2 (1.898) |
34.4 (1.354) |
22.9 (0.902) |
32.8 (1.291) |
68.1 (2.681) |
93.7 (3.689) |
129.6 (5.102) |
111.0 (4.37) |
874.7 (34.437) |
| % 湿度 | 77 | 75 | 72 | 73 | 71 | 68 | 67 | 66 | 69 | 74 | 78 | 78 | 72.3 |
| 出典: MeteoAM 2009-05-29 | |||||||||||||
経済
2008年におけるローマの都市GDPは1440億ドルであり、世界第43位である。2010年、新華社とダウ・ジョーンズが発表した国際金融センターランキングにおいて、世界第34位に選ばれており、欧州では第16位、イタリアでは第1位である[3]。
イタリアの首都であることから、政治・経済の中心地であるが、ローマの経済は基本的に行政と観光によっており、労働者の大半はこの分野と卸売、小売業などのサービス業に従事している。ローマには、イタリアの大企業の本社や多国籍企業の本拠地、国営放送局 (RAI)、大手新聞社などのマスコミの本社、在外公館が集中し、また国際連合食糧農業機関 (FAO)、国際農業開発基金 (IFAD)、国際連合世界食糧計画 (WFP) の本部がおかれている。
市内には古代遺跡や美術館などが多く残り、世界各国から観光客が集まることから観光業界が重要な産業となっており、特にヴェネト通りやスペイン広場周辺には高級ホテルやレストラン、ブティックが立ち並び一年中賑わいを見せている。
郊外には独裁者ベニート・ムッソリーニが作った世界的に著名な映画撮影所「チネチッタ」があり、フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」や「インテルビスタ」など多数の名作が撮影された。イタリアの映画産業のみならずイタリアの近代文化にとっても重要な場所である。
観光
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トレヴィの泉。中央に水を司るネプトゥヌスが、左に豊饒の女神ケレス、右に健康の女神サルースが配置されている。
ヴェネツィア広場に面して建つヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
パンテオン
共和国広場
ガイウス・ケスティウスのピラミッド
カンピドリオとローマ市庁舎
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- 古代ローマ遺跡
- フォロ・ロマーノ(フォルム・ロマヌム)
- フォロ・トライアーノ
- トラヤヌスの市場
- コロッセオ
- パンテオン
- アウグストゥス廟
- チルコ・マッシモ
- ドムス・アウレア
- カラカラ浴場
- ローマ街道
- ガイウス・ケスティウスのピラミッド
- アウレリア街道
- アッピア街道
- フラミニア街道
- 広場・公園
- ヴェネツィア広場
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
- ナヴォーナ広場
- スペイン広場
- カンピドリオ広場
- ボルゲーゼ公園
- カンポ・デイ・フィオーリ広場(花の広場)(Campo de' Fiori)
- トレヴィの泉
- ローマの七丘
ローマの七丘とは、ローマの市街中心部からテヴェレ川東に位置する古代ローマ時代の七つの丘のこと。
- アヴェンティーノ
- カンピドリオ
- チェーリオ
- エスクイリーノ
- パラティーノ
- クイリナーレ
- ヴィミナーレ
- ローマのオベリスク
詳細は「ローマのオベリスク」を参照
- 教会
- サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂
- サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
- サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
- サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
- サンタ・マリア・イン・コスメディン教会(真実の口)
- 宮殿
- ヴェネツィア宮殿
- クィリナーレ宮殿
- キージ宮殿
- 美術館・博物館
- ボルゲーゼ美術館
- ローマ国立博物館
- ヴィラ・ジュリア国立博物館
- カピトリーノ美術館
- その他の建造物
- サンタンジェロ城
- テルミニ駅
- 真実の口
- 市内の他の場所
- エウル
- チネチッタ
- ティベリーナ島
- オスティア
- バチカン市国内の観光名所
- バチカン市国
- バチカン美術館
- サン・ピエトロ大聖堂
- システィーナ礼拝堂
- ローマ郊外の観光名所
- ティヴォリ
- オスティア
- カステッリ・ロマーニ(:it:Castelli Romani)
- チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群
- ボーマルツォ
商業施設
- 大型店舗
- ラ・リナシェンテ(La Rinascente)
- コイン (イタリアのデパート)(Coin)
- スーパーマーケット
- スタンダ(Standa)
- ウピム(Upim)
- Sma(エッセ・エンメ・アー)(Supermercati Sma)
- エッセルンガ(Esselunga)
- Conad(Conad)
- Despar(Despar)
- PAM(Gruppo PAM)
- GS(Supermercati GS)
- Coop
- 格安系スーパーマーケット
- Lidl(Lidl)
- Penny Market(Penny Market)
- LD Market(LD Market)
- In's Mercato(In's Mercato)
- Eurospin(Eurospin)
文化
- スポーツ
ローマは1960年ローマオリンピック開催地で、2020年夏季オリンピック開催候補地でもある。2009年の世界水泳はこのローマで開催される。
ローマで最も人気のあるスポーツはサッカーである。スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマでは1990 FIFAワールドカップ決勝試合が行われ、現在はセリエAのASローマとSSラツィオ、セリエC2のチスコ・ローマの本拠地として使用されている。各チーム間には猛烈なライバル意識があり、ローマのスポーツ文化として定着している。ASローマのフランチェスコ・トッティやダニエレ・デ・ロッシを初めとし、各チームでは有名選手が在籍、また有名選手が誕生しやすい傾向がある。
サッカー人気には遠く及ばないが、ラグビーも広く受け入れられてきている。スタディオ・フラミニオはラグビーイタリア代表の本拠地で、シックス・ネイションズでは2000年以来試合が行われている。しかしながらその成績は決して優秀とは言えず、現在のところ優勝は一度もしていない。
毎年5月、テニストーナメントのATPマスターズ1000が市内で行われている。サイクリングは第二次世界大戦後に急速に人気を博し、1989年と2000年にジロ・デ・イタリアの最終部分が開催。しかし、サイクリング人気はここ10年で衰退してしまった。他にも、バスケットボールのパッラカネストロ・ヴィルトゥス・ローマ、バレーボール、ハンドボール、水球のチームがローマを本拠地とする。
交通
道路
- グランデ・ラッコルド・アヌラーレ(GRA) - ローマを取り囲む周囲68.2kmの無料の環状高速道路(アウトストラーダ)。
「アウトストラーダ一覧」も参照
公共交通
- 市内・郊外
イタリア国鉄(トレニタリア Trenitalia)のローマ駅(ローマ・テルミニ駅)が市の中心駅である。市内の交通はATACの運営するバス網が中心である。イタリアの他都市同様、バスの乗車券は乗車前にキオスクなどで購入する。また、ATACの子会社のMet.Ro.が運営するローマ地下鉄が2路線(A、B)あり、ローマ・テルミニ駅や、チネチッタなど郊外を結んでいる。他にもタクシーが安価な交通手段として多用されている。
- 長距離
長距離交通は、テルミニ駅を発着する長距離列車のほか、時速300キロで運行されているユーロスター・イタリア(ES*)などの高速鉄道、航空便や高速道路を使用する長距離バスなどで結ばれている。
航空
日本を含む長距離国際線とEU内国際線、国内線はフィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港)を使用し、EU内国際線と国内線は主にチャンピーノ空港(ジョヴァン・バッティスタ・パスティーネ空港)が使われる。フィウミチーノまではテルミニ駅から直通列車「Leonardo Express」が運行され、所要時間は30分ほどである。
日本への就航都市
- 東京(成田国際空港)
- アリタリア航空と日本航空が運行しているフィウミチーノ空港への直行便の他、ミラノをはじめ欧州主要都市経由で行くことができる。
その他
和文通話表で、「ろ」を送る際に「ローマのロ」という。
姉妹都市
パリ、フランス、1956年
ベオグラード、セルビア
モスクワ、ロシア
ブエノスアイレス、アルゼンチン
マルベージャ、スペイン
チュニス、チュニジア
東京都
ソウル、大韓民国
北京、中華人民共和国
ニューヨーク、アメリカ合衆国
ブラジリア、ブラジル
関連項目
- 共和政ローマ
- 共和政ローマ執政官一覧
- ローマ帝国
- ローマ皇帝
- ローマ皇帝一覧
- 教皇領
- ローマ出身の人物一覧
- ローマを舞台とした作品一覧
- ローマのクアルティエーレ
- ASローマ - ローマを本拠地とするサッカークラブチーム。
- SSラツィオ - ローマを本拠地とするサッカークラブチーム。
- イタリア共和国 - ラツィオ州 - ローマ県 - ローマ - ローマのムニチーピオ(イタリア語)
- テヴェレ川 - ローマ市内を流れているイタリアで3番目に長い川。
脚注
- ^ THE GLOBAL CITIES INDEX 2010
- ^ 考古学 - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト
- ^ International Financial Centers Development Index
外部リンク
公式
- ローマ市公式サイト (イタリア語)
- バチカン公式サイト (英語)(イタリア語)
日本政府
- 在イタリア日本国大使館 (日本語)
観光
- ローマ - ウィキトラベル
- ローマ市公式観光サイト (日本語)
- イタリア政府観光局 - ローマ (日本語)
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